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奄美方言ことわざ一覧

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101

PROV-001

秋ぬ 茄子や 嫁んじや 見しるな

アキヌ ナスィビヤ ユムィンジヤ ニシルナ

秋のなすは、嫁には見せるな

「嫁んじ 秋茄子 食すな ユムィンジ アキナスビ カマスナ (嫁に秋のなすびを食べさすな)」ともいう。

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PROV-002

悪事や 千里ちど 言っか

アクジヤ シェンリチドゥ イュッカ

悪事は千里を走るというではないか

※-チドゥ イュッカ(~というではないか)は、ことわざのあとにつけて強調し、念を押すための常套句 すべてのことわざのあとにつけてもよい。 本土の「悪事千里を走る」と同じ。

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PROV-003

眠さ だるさや 四五月ぬ 七月妊み

アグマシャ ダルサヤ シゴグヮツィヌ ナナツィキバラミ

眠たく、だるいのは、旧四五月ごろの妊娠七ヵ月の妊婦

妊娠七ヵ月の女は、四、五月ごろは昼間でも眠たく、しかも身体がだるいものである。 そっとしておいてやるのがよい。

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PROV-004

朝歌 貧乏

アサウタ ビンボ

朝のうちから歌を歌って遊んでいる者は、いつかは貧乏になるものだ

朝から歌遊び(奄美では三味線にあわせた歌の席)をするものではない。 歌遊びは夜にするものである。 本土の「朝謡は貧乏の相」と同じ。

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PROV-005

朝茶(ぬ ) 一服(や) 急場 外しゅん

アサチャ(ヌ) イップク(ヤ) キューユ ハズィシュン

朝茶の一服は、その日の危難をはずすことになる

なにはともあれ、その日の安全のためにも、朝のお茶の一服は大事なことである。

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PROV-006

朝寝ぬ 貧乏、 夜わかし? 馬鹿

アサネヌ ビンボ、 ユワカシ バカ

朝寝をする者は、仕事をも怠けて貧乏になるのがおちである

また、反対に夜更かしをする者は、常規を逸した阿呆のすることである。 ※沖縄「朝寝 貧乏 昼寝 病(あさに びんぼう ふぃんに やんめぇ)」

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PROV-007

朝晴れや 雨

アサバレヤ アムィ

朝、晴れていたら、あとでその日は雨になる

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PROV-008

朝光ぬ ぬざぐるしゃ

アサビキャリヌ ヌザグルシャ

朝、東天がはれて陽光があらわれていると、たいていその日は雨がやってくるので、なんともやり切れない思いがする

雨に打たれながらの農作業をしなければならないのかと思うと、切ない思いである。 ※富農の家に属する ヤンチュ(家人・農奴)たちの心情であろう。

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PROV-009

朝百足 夜蜘蛛

アサムカデ ユルクブ

朝、ムカデを見たら好運、夜にクモを見たら好運

どちらも縁起のよいものとされている。 かやぶきの農家ではムカデやクモに出会うことが多い。 ここでいうクモは、ヤンクブ(家ぐも)のことである。 ムカデはともかくも、ヤンクブはその奇怪な姿にもかかわらず親しまれている ユルクブは「よろこぶ」にかけた表現であろう。

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PROV-010

朝焼けや 雨   夕焼けや 日和

アサヤケヤ アムィ ユーヤケヤ ヒャーリ(ヒャーレ )

朝焼け空は、あとで雨になる

夕焼け空は、翌日は好天気。 ※本土でも、沖縄でも同じ意味のことわざがある。 沖縄では「朝焼きや雨」。

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PROV-011

遊び人ぬ  一日働き

アスィビッチュヌ チーバタラキ

怠け者の一日働き

怠け者は気負って働いても、たった一日だけである。あとは続かない。本土の「無精者の一日働き」に類する。

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PROV-012

交手(あぜてぃ )や 為らん むん(ど)

アゼティヤ スィラン ムン(ドー)

交差手はしない 他人の手と自分の手が交差してはいけない

目の前で、他人が手を動かして何かをしているときに、自分の手をその上方や下方に差し出してはいけないの意。 たとえば、他人が箸を用いて団子をつまもうとしているとき、自分も手を差し出して相手の手と交差させてはいけないのである。気づかずに、または同時に差し出した手が交差しようとすると、島の人は思わずハッと自分の手をひっこめるように習慣づいている。「お先にどうぞ」という儀礼的なものではなく、なにか宗教的なタブーに近いものが感じられる。

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PROV-013

当たてぃ 砕けるぃ

アタティ クダケルィ

当たって砕けろ

思案して、いたずらに時を過ごすよりは、思い切って事に当たれ。 まず、やってみることだ。

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PROV-014

仇や 回り砥石

アダヤ マワリトゥイシ

敵対関係にある人は、回り砥石のようなものだ

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PROV-016

熱さ さまし ねたさ こねれ

アツィサ サマシ ヌィタサ コネルィ

熱いものはさますがよい

腹立ちは、こらえよ。 熱いときには、これを冷やすがよい。 腹が立つときには、ぐっと我慢してこらえるがよい。

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PROV-017

歩き者の 糞踏み

アッキムンヌ クスクミ

よく出歩く者は、糞を踏んづけてしまう

あちこち出歩く者は、とんでもないことに出会うものだ。

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PROV-018

歩きゅん 足や 犬ぬ 糞 踏みゅん

アッキュン ハギヤ インヌ クス クミュン

よく出歩く者は、糞を踏んづけてしまう

あちこち出歩く者は、とんでもないことに出会うものだ。 ※本土の「犬も歩けば棒に当たる」に類する。

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PROV-019

歩きゅんど 糞踏みゅん

アッキュンド クスクミュン

よく出歩く者は、糞を踏んづけてしまう

あちこち出歩く者は、とんでもないことに出会うものだ。

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PROV-020

アッタロ蛙(ハッタロ蛙 )ぬ 鳴きば 雨

アッタロビッキャ(ハッタロビッキャ)ヌ ナクィバ アムィ

雨がえるが鳴けば、雨になる

北部では、雨がえるをアッタロビッキャという。 その声は ガクガクと鳴くので、別名 アマガクともいう。

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PROV-021

あてらんゆり(も ) かじむぃるぃ

アテランユリ(モ) カジムィルィ

与えてやるよりも、しまっておけ

子どもに新しいものをすぐに買ってやるようなことはせず、ほんとうに必要なときまでは隠してしまっておけ。

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PROV-022

後なり者ぬ 味噌樽 担き

アトナリムンヌ ミスダル カッキ

後になる者はくそを掴むことになる

人よりおくれる者、人伍におちる者は、何事につけ損をする立場におかれるものである。 みずから進んで仕事の役割を引き受けないで、後からノコノコ顔を出すと、味噌樽運搬の役目をおしつけられたりするものである。 味噌樽担ぎは汚く臭い役目である。

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PROV-023

朝曇や 大日和

アマグルンヤ ウービャーリ

朝のくもり空は、あとで好天気になるものだ

奄美の冬期1、2月の天気のことであろうか。 「朝ぐもりや しわやいらん アサグモリヤ シワヤ イラン (朝ぐもりは心配に及ばぬ)」ともいう。 本土の「朝ぐもり昼ひでり」と同じ。

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PROV-024

あまさてん 汁

アマサティン シル

味がうすくても、汁は汁なのだ

いくら味が悪くても、ご飯といっしょに食べなければならない。 質のよしあしを問うてはならない。

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PROV-026

言い上手よりは、聞き上手

イージョーズィインマ キキジョーズィ

言い上手よりは、聞き上手

会話の支障のない運びは話し上手よりは、聞き上手になることである。本土の「話し上手は聞き上手」に類する。

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PROV-027

言い上手や 無ん  耐ね上手や 有ん

イージョーズィヤ ネン   コネジョーズィヤ アン

言い上手というのは、だれもいない

こらえ上手というのはいる。どんなにことば上手とはいっても、いつかはことばをすべらせて、相手の機嫌を損ねてしまうことがあるものだ。だから、人と話をするときは、いい気分でばかりはいられない。どんなことを言われようと、こらえ上手にならなければならない。こらえ上手であればこそ、人との会話もなんの支障もなく続けることができるのである。こらえ上手こそ会話上手であるぞ。

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PROV-028

言いちゃさん 事や 明日 言い

イーチャサン クトゥヤ アシャ(アッシャ ) イー

言いたいこと(抗弁したり、難詰したりしたいこと)は、翌日に持ち越して言うのがよい

早まって言ってしまうと、あとで後悔もしよう。心を落ち着けて一晩考えてみて、あくる日に理路整然と言うのがよい。本土の「言いたいことは明日言え」と同じ。

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PROV-029

嘆息ぬ あとや 地獄ぬ 鬼

イキツィキヌ アトヤ ジゴク(ジコク )ヌ オニ

大変な悩みごとで、どうしよう、どうしようと悩みぬいて嘆息の毎日をすごしたあと、人間というものは、開き直って心が地獄の鬼と化すものである

命にかかわるような悩みごとで、その人は鬼の心情を持つようになる。

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PROV-030

生き恥や 埋さてん 死に恥や 埋さわらん

イキハジヤ ウサティン シニハジヤ ウサワラン

生きている間にかく恥は、他人の目から見えないよう埋めることもできるが、死んだあとにあらわれた恥は、もう埋めようもなく、永久にかくし立てすることができない

死に際の恥、死後の恥は、他人の目から隠すわけにはいかない。

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PROV-031

女ぬ シマや 無ん

ウナグヌ シマヤ ネン

女の故郷はない

女には古里がない。女は夫となる男次第で、どこへなりともついて行かなければならないから、婚家先が故郷になるのだ。女は生まれ育った土地が故郷(心のおちつくところ)ではなく、嫁いだ先が故郷になるのだ。

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PROV-032

海ぬ 肥えとん 時や 島ぬ よさ

ウミヌ クェトゥン トゥキヤ シマヌ(シマヤ ) ヤスィ

海の幸がゆたかな年は、島は豊作物の実らぬ年となる

海のものがたくさんとれる年は、どうしてか陸地の島は凶年となる。では「シマヤ」と言っている。

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PROV-033

親ぬ 居らんば 雨夜闇

ウヤヌ ウランバ アマユヤミ

親がいないと雨の夜の闇

親がいるからこそ、家の中は明るく幸せである。もし親がいなければ、家の中は雨天の闇夜のようになってしまうであろう。

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PROV-034

親ぬ 恩や 子んねん 報れ

ウヤヌ オンヤ クヮンネン ホールィ

親から受けたご恩は、自分の子に報いよ

親の恩に対してむくいることはできなかったのだから、そのかわり自分の子に対して親から受けた慈愛を返してやるがよい。

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PROV-036

親ぬ 臭さと 味噌ぬ 臭さや 言うんや あなん

ウヤヌ クササトゥ ミスヌ クササヤ イュンヤ アナン

親のにおいの臭さと、味噌のにおいの臭さを口に出していうものではない

子の道義として、父の罪科さえも隠さなければならない。味噌は日常の糧として欠くことのできないものである。両者の臭さを口に出してなんの得になろうぞ。

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PROV-040

親ぬ 罰や たちまち、神ぬ 罰や よりより

ウヤヌ バチヤ タチマチ、カミヌ バチヤ ヨリヨリ

親不孝の罪に対する罰は、すぐ下される 。神への不敬不浄の罪に対する罰はゆっくりとあとで下される。

神への不敬不浄の罪に対する罰はゆっくりとあとで下される。親をないがしろにした罰はてきめんに下される。神をないがしろにした罰は忘れたころに下される。※ここでいう神とは各種の自然神(炉の神、山の神、水の神など)をいう。

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PROV-041

親ぬ 引きゅん 綱や 子ぬ 引きゅん

ウヤヌ ヒキュン ツィナヤ クヮーヌ ヒキュン

親が引く綱は、子が引く

親が生きるためにとった手段や方法(生活するための生業)を子も引き継ぐのである。子はつまりは親と同じ道を歩むものである。※本土の「子は親に似る」に類する。

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PROV-043

親ぬ 破れ傘ち 入りゅん

ウヤヌ ヤレガサチ イリュン

親の破れ傘の中へ入る

たとえ親は貧乏でも、親の庇護の下に入る。そこは破屋であっても肉身の両親の慈愛が満ち満ちている。※「親ぬ 破れ傘 かぶりゅん。 ウヤヌ ヤレガサ カブリュン。」「貧乏やしも 親ぬ 破れ傘。 ビンボヤシモ ウヤヌ ヤレガサ。」という表現もあり、意味はすべて同じ。

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PROV-044

親ぬ 世 済めば わが世 なりゅり

ウヤヌ ユ スィムィバ ワガユ ナリュリ

親の代が終わったら、自分たちの代になるのである

頼りにしていた親たちの世が済んで、そのあとはわれわれが頼りにされる世になるのだ。世代はかわっていくものだ。感無量である。

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PROV-045

親ぬ 教訓や 胸なん 染むれ

ウヤヌ ユスィグトゥヤ ムネナン ソムィルィ

親の教訓は、心に染めておけ

※歌謡にもある常套句。教訓歌からとったことわざ。

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PROV-047

親むどき 子むどき

ウヤムドゥキ クヮームドゥキ

親へのさからい、子のさからい

親の言うことなすことにいちいち逆らっている者は、つぎは自分の子に逆らわれるようになるのだ。親に反抗したものは、つぎは自分の子に反抗されるときが必ずやってくる。

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PROV-049

親や 奔り川 他人や 淀川

ウヤヤ ハリコ ユスヤ ユドゥゴ

親はさらさらと流れる清らかな川、他人はよどんだにごり川

親の心は自分に対しては常に清らかであるが、他人の心は自分に対してにごってよどんでいる。※「親や奔り川ぬ水ぬ心 他人や淀川ぬ水ぬ心。ウヤヤ ハリコヌ ムィズィヌ ククル。ユスヤ ユドゥゴヌ ムィズィヌ ククル。 ,」ともいう。

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PROV-051

親譲り 子譲り

ウヤユズィリ クヮーユズィリ

親は子に譲り、子は親に譲る

親と子が互いに謙譲の美徳をもっていて、しかも愛情深く結ばれている。※ 上品な、和やかな家庭をたとえていう。日常会話でも「アマヌ ヤーヤ ウヤ ユズィリ クヮーユズィリシ ムィズィラカヤー。 .(あの家族は親子それぞれがゆずり合って、うらやましいなあ。」などと評する。

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PROV-052

親ん 生さてど くん世に 生きりゅん

ウヤン ナサッティドゥ クンユニ イキリュン

親に生んでもらったからこそ、わが身はこうしてこの世に生きている

不思議な因縁であるが、享けたこの命はまことにありがたい。

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PROV-053

親んじ 似らんや 茸 親まさりや 筍

ウヤンジ ニランヤ ナバ ウヤマサリヤ ダナ

親に似ないのはキノコ、親よりすぐれているのはタケノコ

間には親に似ぬ愚鈍な子もいるし、親以上の才智ある子もいるのだ。※傘をひらいた大きなキ

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PROV-054

痩二月

エーニグヮツィ

やせてしまう二月

二月はご馳走にありつけぬ、つまらない月だ。ご馳走を食べる行楽日のない二月。旧二月は稲作儀礼にかかわる、なんの行事もない月である。奄美では行事のたびにご馳走を作って祭り、祝うのであるが、旧二月にはそのような行事は一日もない。

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PROV-055

痩もがり

エーモガリ

やせた子のむずがり

虚弱児はだだをこねる。健康児にくらべ、虚弱でやせ細った子は体調がととのわず、夜となく昼となく、ごきげんが悪くむずがるものである。

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PROV-056

痩牛ぬ 子思い

エジャウシヌ クヮーオモイ

やせ牛の子思い

やせた牛は、ひじょうにわが子をいつくしむ。貧乏なくらしをしている親は、異常なほど、わが子に愛情をかけるものである。クヮーオモイはクヮーオムェともいうこともある。

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PROV-057

粟 作らんや 荒れ田 開けれ

オ ツィクロンヤ アレダ アクェルィ。

粟を作るよりは、荒れ田を開墾せよ

粟みたいな、つまらない穀物を作るよりは見捨てられた廃田にでも鍬を入れて米を作ったほうがよい。※前句は古文法。粟を作ろうよりは(意志推量)。

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PROV-058

應ぬ 科なし

オーヌ トゥガ ナシ

「はい」にとがめなし

「はい、はい、かしこまりました。」とさえ言っておれば、過失はない。とがめられたりはしない。本土の「はいに科無し」と同じ。オーは目上に対する応答語で通鼻音。となると目上に注意され訂正される。

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PROV-059

青野菜や いんが?んじ 見しんな

オーヤセヤ インガンジ ニシンナ

青野菜は夫に見せるな

畑から採るときは、かさばって大量に見えるが、ゆでたり煮たりすると、ほんの少しの量になってしまうものである.。あれほどのものが、なぜこんなに減ったのかと夫にうたがわれることにもなろう。 本土の「青菜は男に見せるな」と同じ

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PROV-060

青菜や 仇んじ 引かし

オハヤ アダンジ ヒカスィ

青菜(すこし伸びた大根やしゅんぎくの苗など )の間引きは、敵対する者に引かせてやれ

相手はにくしみをもっているから、乱暴にうんと間引きするであろう。間引きは、うんと間引けば間引くほどよいのだ。

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PROV-061

思ゐ肝や 寝肝

オモイギモヤ ヌィギモ

一途に思っている心が、寝ているときの心

つまり、心に思いつめていることが夢の中にも出てくるし、寝言にもなってしまうのである。※毛吹草「思ふこと寝言に言ふ」と同じ。

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PROV-062

思て はまれば 難儀も 楽

オモティ ハマルィバ ナンギモ ダク

一念こめてがんばると、難儀な仕事も楽になる

思いを込めて一心に努力すると困難なことも楽にできる

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PROV-063

影姿や 食まらん 人や 肝心

カグェスィガタヤ カマラン チュヤ キモグクル

容姿のよさだけでは、食べていけない

人間は精神が肝要なのだ。顔かたちだけでは、この世は渡れない。この世を渡るためには、精神の持ちようが大事なのである。

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PROV-065

隠しゅんくさ 見ちゃさ なりゅり

カクシュンクサ ニッチャサ ナリュリ

隠そう隠そうとしているものこそ、見たいし聞きたい

衆目から隠したい、秘密にしたいとしているものを、人々はかえって見たがり、聞きたがるものである。

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PROV-066

隠れ礁や 舟と 仇

カクルィスィヤ フヌィトゥ アダ

暗礁は、舟とかたき同士の関係にある(直訳 )

海中にかくれている岩は舟にとっては仇なす敵である。

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PROV-067

肩落て衣ぬ 腕しぐり

カタウティギンヌ ウディスィグリ

肩のあたりがだらりとさがった、見るからに古い着物を着たおちぶれ者が、腕まくりをして虚勢を示す

おちぶれ者が気分だけは残っていて、残念がって気勢を示すことをいう。本土の「ごまめの歯ぎしり」に類する。

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PROV-068

片手とや 音や 出じらん

カタディトゥヤ ウトゥヤ イジラン

両手を打ってこそパンと拍手の音は出る

片手では音は出ないのだ。両者ともに悪い、けんか両成敗のときに用いる。

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PROV-069

肩ぬ 荷 うるしゅて 言葉 言い

カタヌ ニー ウルシュティ クトゥバ イー

肩の荷をおろして、ことばを言いなさい

すっかりなにもかもぶちまけて、気が楽になるよう申し述べなさい。ああいえば自分の立場が不利になるとか、こういえば第三者の迷惑になるとか、右顧左べんしながら申し述べるのではなく、そんな心配は肩からおろして思い切ってなにもかも申し述べるがよい。

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PROV-070

食でど 侍

カディドゥ サムレ

食足りてこその侍である

食が足らねば侍とはいえぬ。食禄があり、食うことができてこそ武士の品位も保たれる。食に乏しければ武士の品位はなくなる。※薩摩藩の武士で奄美に流刑にあった者は多い。南島雑話に「…下通りの流人、同輩共集、焼酎をしたたかに呑み、又は喧嘩をすることかくのごとし。…ばくえき、酒乱流人の常と知べし。其古はたれそれと聞こえし武士、零落すれば見るかげもなく…」とあり、その行状が絵で示されている。

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PROV-071

門口 情け

カドグチ ナサケ

わが家の門口に来る者へは情けをかける

わが家を訪ねてくる者へは、たとえ誰であろうと親切にしてあげるものだ。

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PROV-072

かなしゃ 重なりば 心配ど なりゅる

カナシャ カサナルィバ シワドゥ ナリュル

愛情がつのればつのるほど、その人の身の上が心配になってくる

いとしい、こいしいと思えば思うほど、その人の身の上が案じられる。

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PROV-074

かなしゃん 子や 他人ぬ 家ぬ むん 食ませ

カナシャン クヮーヤ チュヌ ヤヌ ムン カマスィ

かわいい子には、他家のめしを食べさせてやれ

かわいい子を過保護に育ててはならない。むしろ他家へ奉公にやったほうが、その子の将来のためになる。

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PROV-079

木や 木ん中 人や 人ん中

キーヤ キン ナハ チュ―ヤ チュン ナハ

木は木の中で育ってこそ良材、人は人の中でもまれてこそ逸物となる

杉などは杉林の中でこそ、すくすくと真っ直ぐに伸びて良材となり、人は多人数の中で鍛えられてこそはじめてよき人材となる。本土の「麻につるるよもぎ」「麻の中のよもぎは直し」に類する。

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PROV-080

北枕や しらんむん

キタマクラヤ スィランムン

北枕はしないもの

北枕は禁忌。北枕は死人にさせる寝かせ方であるから、日常生活で寝るとき北の方へ枕をおいてはいけない。※本土と同じく、人が死ぬと北枕に寝かせる風習がある。現時、日常では禁忌としているが、当彦千代氏(明治15年生)によれば、生涯唯一の安楽な方位に身を横たえるのだ、日常それをしてはいけないと。本土の「北枕で寝るな」「北枕は死んだ人に限る」と同じ。

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PROV-081

獣 頓着 しらん 人や 嫁 とんな

キダムン トゥンジャク スィラン チューヤ ユムィ トゥンナ

生きものを大事にしない女を嫁にとるな

飼っている生きものに心をかけぬような女を嫁にしてはならない。生きものに情けをかけてこそ女の優しさがあるのだ。冷酷な女は嫁にはできぬ。トゥンナ(取るな)は、トゥルナともいうことがある。

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PROV-082

ぎなさりん時ぬ 難儀や ほでてぬ 薬

ギナサリントゥキヌ ナンギヤ ホデティヌ クスリ

幼い時の難儀は成長したあとの薬

小さいころの苦労は大きくなってから楽をもたらす。人は少年期に苦労してこそ、はじめて立派になる。

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PROV-083

昨日や 人の上 今日や 吾が上

キヌヤ チューヌ ウィ チュ―ヤ ワガ ウィ

昨日は人の身の上のことと思っていても、今日はわが身の上のこととなる

不幸や病災についていう。昨日は不幸が他人のことだと思っていても、今日は同じ不幸が自分のことともなるのである。「今日や人ぬ上、 明日や自分の上。キューヤ チュヌ ウィ。アシャヤ ドゥヌ ウィ。」ともいう。本土の「今日は人の上 明日はわが上」「人のことはわがこと」と同じ。

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PROV-084

きばりば 強飯 遊びば やら飯

キバルィバ コワバン アスィブィバ ヤラバン

精出してがんばった者には強飯(こわめし )を、怠けて遊んだ者には水っぽいめしを

よく働いた者には、腹にもつ強飯が与えられ、怠けた者には、腹にもたないやわらかい飯が与えられるのだ。

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PROV-085

帯 ふっち ゆむた 言い

キビ フッチ ユムタ ユン

帯を解いて、くつろいでものを言うがよい

緊張のしっぱなしでものをいってはいけない。人との対話は帯を解いて、胸をひらいて、くつろいだ状態でするものだ。

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PROV-086

肝 急かば 手 引け

キモ スィカバ ティー ヒクィ

感情が高まってくるならば、自分の手をひけ

怒りがこみあげてくるようなら、暴力をふるおうとする自分の手をじいっと押さえよ。怒りにまかせて手出しをしてはならぬ。前出「意地ぬ出じりば手引け」とも。

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PROV-087

肝強さ 持てば 後や 自分ど 泣きゅり

キモゴワサ ムティバ アトヤ ドゥードゥ ナキュリ

無慈悲な心を持てば、あとで自分が泣くことになる

人に情けも思いやりもかけず、冷酷な態度で世の中を渡ろうとする者は、あとで自分が冷酷な目にあわされて泣くときがくる。

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PROV-088

肝高さ 持てば 他所に 憎まりゅり

キモダーサ ムティバ ユスニ ニクマリュリ

気位が高いと世間から憎まれる

自分は、ほかの連中とはちがう、ほかの連中よりはえらいなどと考えて世渡りをしていくと、いつかはみんなから鼻もちならぬと嫌われるようになるものだ。

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PROV-089

肝曲がりや 無ん 腹曲がりど 有ん

キモマガリヤ ネン ワタマガリドゥ アン

悪心はだれも持たぬ 。空腹があるだけだ。

人間には本来、邪悪な心はないのだ。盗人も腹をすかし窮乏しているからこそ、盗みを働くのだ。本土の「飢えたる犬は棒をおそれず」「貧すれば鈍する」に類する。※「腹曲がり」とは腹黒い者、邪悪な者の意であるが、このことわざでは肝(精神)と腹(胃袋)とを対立させて用いている。

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PROV-090

喜界旅 しゅんくま 麦ぬ 穂 三つ 摘め

キャータビ シュンクマ ムギヌ フ ミーツィ ツィムィ

喜界島への旅をするくらいなら、麦の穂を三本摘め

喜界島への旅をして金とひまを無駄にするくらいなら、自宅でくつろいで麦の穂の三本も摘んだほうがましだ。※旅にかける金とひまを惜しむことわざであって、喜界島が見る価値がないというのではない。そのむかし、北部大島では喜界島への旅行が気晴らしの旅であったようである。

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PROV-091

兄弟や 他人ぬ はじまり

キョーデヤ タニンヌ ハジマリ

兄弟は他人のはじまり

もっとも近い血族の兄弟でさえも、それぞれが家族をもてば、妻子への愛にひかれて、いっしょに育った肉親への情愛もうすれ、他人とかわらなくなってしまう。本土の「兄弟は他人のはじまり」「兄弟は他人の別れ」と同じ。

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PROV-093

きょらさん妻 持たんゐんま 作 しむて 後 見い

キョラサントゥジ ムタンヰンマ サク スィムティ アト ニー

美人妻を持とうとするよりは、農耕をさせて、その鍬使いのあとを見るがよい

妻を選ぶには美人ばかりを求めるのではなく、鍬のつかいかたのよしあしで選べ

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PROV-094

きょらむんと 同士じゃれや 他島縁 結びゅん

キョラムントゥ ドゥシジャレヤ タシマヰン ムスィビュン

美人と友達遊びをよくする者は、異郷の人と縁を結ぶことが多い

いい女もいい男も同じ村の人とは結ばれず、なぜかほかの村の人と結婚する傾向がある。

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PROV-095

きょらむんぬ 一癖

キョラムンヌ チュークセ

美人のひと癖

美人の顔にだまされてはならぬ。美人にもあくどい癖がひとつはあるものだ。本土の「顔に似ぬ心」に類する。

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PROV-096

きょらむんぬ 一花

キョラムンヌ チュハナ

美人はひと花のいのち

美人は、ひときわ美しく咲いて、すぐしおれてしまう花のようなものである。本土の「美人の終わりは猿になる」に類する。

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PROV-097

美人や 食まらん

キョラムンヤ カマラン

美人というだけでは、食べてはいけない

心の持ちようで、この世間には生きていけるのである。この世間を生きて渡るためには、顔の美しさは問題ではない。精神の持ちようが肝じんなのだ。

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PROV-098

着物 買いや 襟 見い

キン コイヤ エリ ニー

着物を買うなら、まず襟の仕立てかたをよく見よ

着物の仕立ては襟がいちばん肝要。着物をえらぶとすれば、第一に襟を見るがよい。

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PROV-099

着物無し者ぬ 袖振り

キンナシムンヌ スディフリ

満足な衣装も持たないおちぶれ者が、なけなしの着物を着て、これ見よがしに袖を振り振り歩く

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PROV-100

河童のあかりうばい

キームンヌ マツィトゥリ

人の話をよこどりすること。人の話の腰を折ること。河童に似た奄美の化物キームンは道行く人の灯りを横合いからとつぜん瞬時にしてうばいとってしまう習性をもつ。人が話をしているときにたびたび横合いから話のすじを奪ったり、結末を言ったりして邪魔する者に対し「~zjaga」という。

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PROV-101

言葉にはお金はおからぬ

クィクトゥバヤ ジンカネヤ イラン

人をほめたり、お世辞を言ったりしても別にお金はかからぬではないか 。相手がこころよく思うようなことばをいくらでも言えばよいのだ。本土の「言葉に物はいらぬ」「口に物はいらぬ」と同じ。

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